AAR/ロシアの残光/対英戦争 前篇 (1745年-1757年
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[[AAR/ロシアの残光]] *1745年の世界情勢 [#fd9df4e0] #ref(AAR801.jpg) Great Britainは、Spain脱落後にOttomansと協力してピレネー山脈付近の2プロビを割譲させ さらなる内政立地を確保するためにDenmarkへ攻め入ろうとしていた。 インド征服を終え手持無沙汰だったOttomansは、アフリカ辺境のAdalとEtiopiaを併合し 過去にSpainから譲渡されたシチリア島を足場にNapleを併合した。 イベリア半島では、Great Britainと共同でSpainに攻め入り 旧イスラム圏だったGranadaを開放して属国に収めた。 後はイタリアを北上するか既に西洋化したMaliを食うか はたまたSpainを貪り食うか、この時期にして拡張方向に困らずにいた。 見難くで申し訳ないが、Mingは既に日本本土の中国地方付近に橋頭堡を確保し 該当地域をコア化せずに、次の宣戦で日本を属国化→売却でAdm使わずして属国併合を狙うようである。 Austriaは、Russiaと協力してPoland領を得て また北ドイツ諸邦のPomeraniaやMecklenburgを属国に治めて 属国併合を待つのみである。 対Great Britain戦への参加を拒否したのは、戦時中は属国併合が出来ず 遅々として領土拡張が進まないからなのかもしれない。 一方、RussiaはSwedenを一度属国併合→DenmarkにClaimを作成→属国独立→Denmarkを殴るで コアを返還させ、Lithuaniaの東欧側のほぼすべてを割譲させた。 前々回の終わりの時点でSpainプレイヤーが講和をAI任せにした影響で Portugal本土が僅か4プロビにまで追い詰められているのに対し 新大陸側のPortugal植民国家達は生き生きしている。 新大陸利権の6割近く有するPortugal植民地国家たちを見たGreat Britainは 「もう新大陸とかどうでもいい」と、悲嘆に暮れていた。 手に負えなくなるまでSpainと喧嘩してたのがそもそもの原因なんだから もっと反省しなさい! そして、TESOに旅立ったNetherlandは、ついに戻らず 全体チャットで「次のマルチでは陸軍国家をやろうと思う」という 早くも次回の開催を見越した予定を話し始めた。 *発覚 [#p8d493f4] |>|#ref(AAR802.jpg)| |>|BGCOLOR(black):| |>|CENTER:参戦国| |>|BGCOLOR(black):| |CENTER:COLOR(RED):Ottomans|CENTER:COLOR(RED):Great Britain| |CENTER:Russia|| |CENTER:Ming|| 宣戦予定2か月程に差し掛かり、OttomansとRussiaがGreat Britainとの同盟を破棄したことで ついにGreat Britain自身の知るところに至った。 Mingについては、Spain本土に攻め入って海外植民地を剥奪するという名目で 既に艦隊と主力陸軍がヨーロッパに到着しており、準備万端である。 この状況下であっても、尚も海軍力で圧倒出来ると確信しているのか Great Britainは弱音を吐くどころか「さぁ、来てみろ。蚊トンボ共!」と 虚勢か余裕か分からない煽りを始めた。 しかし、情報が漏れだしていないようだし 海軍力は数が正義、準備をし尽くした攻撃側が有利なのである。 *緒戦は順調であった...。 [#g4496ddc] Ottomansを盟主としてGreat Britainに宣戦をしたところ、信仰の守護者であったVeniceがまさかの緊急参戦をして 「ベwwwニwwwスwww」と皆一様に草を生やした。 #ref(AAR803.jpg) VeniceはConstantinopoleトレードノードから富を吸い上げており かねてより、Ottomansが攻め入ろうと画策していたので Russiaは「今回の目的はVeniceではなくGreat Britainのはず。触れる事はRussiaが許さない」と釘を刺した。 たぶん、初めてOttomansに楯突いたかもしれない。 開戦と同時に、OttomansとMing海軍の奮闘により Great Britain海軍は大敗を喫し、制海権は対英包囲網側に傾いた。 SSを撮ってしっかりと彼らの活躍を記憶したかったのだが 気が付いたら終わっていて、一枚も残っていなかった...。 決して、Russia以外の国の活躍を描きたくない等という、下劣な思惑ではないので勘違いはしないで頂きたい! #ref(AAR807.jpg) 信仰の守護者()かと思われたVeniceであったが 意外と戦力を保有しており、バルカンから順次出立していくOttomans軍に対し散発的なゲリラ攻勢を掛け 地味に存在感を示してきた。 こういう時に役立つのが下僕国家Russia、御上の御命令あらば馳せ参じ 急遽予備兵力を回してVenice軍の掃討に着手した。 #ref(AAR804.jpg) 続いて、スカンディナビアや北フランスに残存していた Great Britain駐屯兵の相当に踏み切り、それらを撃破、Great Britainの兵力を着実に削っていく。 #ref(AAR805.jpg) Irelandでは、上陸を果たしたMing軍が 港に引きこもっていたGreat Britain残存艦隊を引きずり出し、全滅させていた。 #ref(AAR806.jpg) ここまで来れば、後は本土に上陸でフィニッシュだろうと Ottomans陸軍がGreat Britain島北部に上陸し、戦争の終止符を打たんとしていた。 *バトルオブブリテン [#t75c5e70] 流れが有利な状況で推移する中、一つの事件が起きる。 #ref(AAR808.jpg) 記録的な惨敗である。 Great Britain島北部に上陸した64kのOttomans先遣隊であったが 予想をはるかに上回るGreat Britain抵抗を前に増援が間に合わず、全滅させられた。 #ref(AAR809.jpg) この敗北を挽回するべく、上陸までのタイムロスを最大限無くす為に ドーバー海峡からLondonに直接上陸をする形に変更した。 #ref(AAR810.jpg) それを察知したGreat Britainは上陸直後のOttomans軍に襲い掛り これを撃退、次の上陸部隊が到着する前に先遣隊を壊滅へと追いやった。 逃げ先が限られるから島への上陸戦は怖い...。 Great BritainはLondon→KentのOttomans軍壊滅→Londonに上陸予定のOttomans軍の上陸阻止を図るも 間一髪のところでOttomans軍に上陸を許し、攻撃側で戦闘に突入した。 #ref(AAR811.jpg) さすがに連戦はきつかったのか北へ撤退をしたが、Ottomansがこの機を逃す訳が無く追撃を開始する。 続く戦闘でもOttomansが勝利するが、Great Britain島北部は山が多くて戦闘幅が小さかった為か 比較的軽微な損害を負ったのみでLondon方向に撤退を開始。 #ref(AAR812.jpg) 対するOttomansは2度に渡る全滅を受け、余剰兵力の大部分を失い後詰に限りがあり 慎重路線に切り替えIrelandの占領に従事していたMingの援軍を待った。 #ref(AAR813.jpg) Mingの増援を得たOttomans軍は、さらに北フランスに控えておいた予備兵力を投入 LincolnにてGreat Britain軍と激突した。 #ref(AAR814.jpg) 万全を期したこの戦いはOttomansが勝利し、さらに追撃を加えるべくGreat Britain軍を追うもまさかの敗北 消耗によるManpower枯渇が目前に迫ったのか、Londonを占領しつつGreat Britain軍を迎え撃つ作戦に変更した。 #ref(AAR815.jpg) そんな時、Noble Republicへの変体を要求する反乱軍がLondonに湧き 嫌がらせ半分でこれを守る形で占領をし、革命を起こして頂く事になった。 革命帝国を作ろうとしていたRussia(実はRussiaでは作れなかった)は「やめてくれぇー!!」と反乱軍排除を求めるも 「なんで?」とOttomansに言われてしまい、萎縮して願いを取り下げた。 *ゲリラ [#a82397d6] #ref(AAR816.jpg) Great Britainは、占領に従事しているハグレ軍団に攻勢掛け 1.2個軍団を溶かすも、本軍が到着するのを確認するや直ぐに北部に撤退を開始した。 このプレイヤーは細かい軍操作が本当に上手い。 こうしたゲリラ攻勢を前に、占領を断続的に中断されては軍が消耗し 勝っているはずが状況は好転する気配を見せなかった。 #ref(AAR817.jpg) 徐々に反応が鈍っていくOttomansとMingは 軍を小出しにした事で敗北する場面が増え始めた。 チャンスと見たGreat Britainは一大攻勢に打って出た。 #ref(AAR818.jpg) 占領を優先しようとしたのか、Ottomansは軍を半分動かし残りを占領継続という形を取ったが 前線では兵力数が逆転し、遂に戦線が崩壊してしまった。 #ref(AAR819.jpg) 未だにLondon付近には数多くの部隊が展開していたものの 既に軍量では2倍以上の差を付けられ、手に負えない状況になってしまっていた。 #ref(AAR820.jpg) 残る兵力を重ねて必死の抵抗を試みるも多勢に無勢、一網打尽にされ Great Britain島に侵攻したOttomansとMingは全滅をしてしまった。 Ming軍5割とOttomans軍7割に当たる軍を跳ね除けたGreat Britainぱねぇ...。 戦勝点は40点を超えてこそいたものの、そのほとんどは大陸側の領土で稼いだ分であり これでは海軍を作った意味もないし、Royal Navyに勝ってもGreat Britainに勝てたとは言えない。 Russia「どうしたものか...。」 [[AAR/ロシアの残光/対英戦争 後篇 (1758年-1773年]]へ続く...。 [[AAR/ロシアの残光]]
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[[AAR/ロシアの残光]] *1745年の世界情勢 [#fd9df4e0] #ref(AAR801.jpg) Great Britainは、Spain脱落後にOttomansと協力してピレネー山脈付近の2プロビを割譲させ さらなる内政立地を確保するためにDenmarkへ攻め入ろうとしていた。 インド征服を終え手持無沙汰だったOttomansは、アフリカ辺境のAdalとEtiopiaを併合し 過去にSpainから譲渡されたシチリア島を足場にNapleを併合した。 イベリア半島では、Great Britainと共同でSpainに攻め入り 旧イスラム圏だったGranadaを開放して属国に収めた。 後はイタリアを北上するか既に西洋化したMaliを食うか はたまたSpainを貪り食うか、この時期にして拡張方向に困らずにいた。 見難くで申し訳ないが、Mingは既に日本本土の中国地方付近に橋頭堡を確保し 該当地域をコア化せずに、次の宣戦で日本を属国化→売却でAdm使わずして属国併合を狙うようである。 Austriaは、Russiaと協力してPoland領を得て また北ドイツ諸邦のPomeraniaやMecklenburgを属国に治めて 属国併合を待つのみである。 対Great Britain戦への参加を拒否したのは、戦時中は属国併合が出来ず 遅々として領土拡張が進まないからなのかもしれない。 一方、RussiaはSwedenを一度属国併合→DenmarkにClaimを作成→属国独立→Denmarkを殴るで コアを返還させ、Lithuaniaの東欧側のほぼすべてを割譲させた。 前々回の終わりの時点でSpainプレイヤーが講和をAI任せにした影響で Portugal本土が僅か4プロビにまで追い詰められているのに対し 新大陸側のPortugal植民国家達は生き生きしている。 新大陸利権の6割近く有するPortugal植民地国家たちを見たGreat Britainは 「もう新大陸とかどうでもいい」と、悲嘆に暮れていた。 手に負えなくなるまでSpainと喧嘩してたのがそもそもの原因なんだから もっと反省しなさい! そして、TESOに旅立ったNetherlandは、ついに戻らず 全体チャットで「次のマルチでは陸軍国家をやろうと思う」という 早くも次回の開催を見越した予定を話し始めた。 *発覚 [#p8d493f4] |>|#ref(AAR802.jpg)| |>|BGCOLOR(black):| |>|CENTER:参戦国| |>|BGCOLOR(black):| |CENTER:COLOR(RED):Ottomans|CENTER:COLOR(RED):Great Britain| |CENTER:Russia|| |CENTER:Ming|| 宣戦予定2か月程に差し掛かり、OttomansとRussiaがGreat Britainとの同盟を破棄したことで ついにGreat Britain自身の知るところに至った。 Mingについては、Spain本土に攻め入って海外植民地を剥奪するという名目で 既に艦隊と主力陸軍がヨーロッパに到着しており、準備万端である。 この状況下であっても、尚も海軍力で圧倒出来ると確信しているのか Great Britainは弱音を吐くどころか「さぁ、来てみろ。蚊トンボ共!」と 虚勢か余裕か分からない煽りを始めた。 しかし、情報が漏れだしていないようだし 海軍力は数が正義、準備をし尽くした攻撃側が有利なのである。 *緒戦は順調であった...。 [#g4496ddc] Ottomansを盟主としてGreat Britainに宣戦をしたところ、信仰の守護者であったVeniceがまさかの緊急参戦をして 「ベwwwニwwwスwww」と皆一様に草を生やした。 #ref(AAR803.jpg) VeniceはConstantinopoleトレードノードから富を吸い上げており かねてより、Ottomansが攻め入ろうと画策していたので Russiaは「今回の目的はVeniceではなくGreat Britainのはず。触れる事はRussiaが許さない」と釘を刺した。 たぶん、初めてOttomansに楯突いたかもしれない。 開戦と同時に、OttomansとMing海軍の奮闘により Great Britain海軍は大敗を喫し、制海権は対英包囲網側に傾いた。 SSを撮ってしっかりと彼らの活躍を記憶したかったのだが 気が付いたら終わっていて、一枚も残っていなかった...。 決して、Russia以外の国の活躍を描きたくない等という、下劣な思惑ではないので勘違いはしないで頂きたい! #ref(AAR807.jpg) 信仰の守護者()かと思われたVeniceであったが 意外と戦力を保有しており、バルカンから順次出立していくOttomans軍に対し散発的なゲリラ攻勢を掛け 地味に存在感を示してきた。 こういう時に役立つのが下僕国家Russia、御上の御命令あらば馳せ参じ 急遽予備兵力を回してVenice軍の掃討に着手した。 #ref(AAR804.jpg) 続いて、スカンディナビアや北フランスに残存していた Great Britain駐屯兵の相当に踏み切り、それらを撃破、Great Britainの兵力を着実に削っていく。 #ref(AAR805.jpg) Irelandでは、上陸を果たしたMing軍が 港に引きこもっていたGreat Britain残存艦隊を引きずり出し、全滅させていた。 #ref(AAR806.jpg) ここまで来れば、後は本土に上陸でフィニッシュだろうと Ottomans陸軍がGreat Britain島北部に上陸し、戦争の終止符を打たんとしていた。 *バトルオブブリテン [#t75c5e70] 流れが有利な状況で推移する中、一つの事件が起きる。 #ref(AAR808.jpg) 記録的な惨敗である。 Great Britain島北部に上陸した64kのOttomans先遣隊であったが 予想をはるかに上回るGreat Britain抵抗を前に増援が間に合わず、全滅させられた。 #ref(AAR809.jpg) この敗北を挽回するべく、上陸までのタイムロスを最大限無くす為に ドーバー海峡からLondonに直接上陸をする形に変更した。 #ref(AAR810.jpg) それを察知したGreat Britainは上陸直後のOttomans軍に襲い掛り これを撃退、次の上陸部隊が到着する前に先遣隊を壊滅へと追いやった。 逃げ先が限られるから島への上陸戦は怖い...。 Great BritainはLondon→KentのOttomans軍壊滅→Londonに上陸予定のOttomans軍の上陸阻止を図るも 間一髪のところでOttomans軍に上陸を許し、攻撃側で戦闘に突入した。 #ref(AAR811.jpg) さすがに連戦はきつかったのか北へ撤退をしたが、Ottomansがこの機を逃す訳が無く追撃を開始する。 続く戦闘でもOttomansが勝利するが、Great Britain島北部は山が多くて戦闘幅が小さかった為か 比較的軽微な損害を負ったのみでLondon方向に撤退を開始。 #ref(AAR812.jpg) 対するOttomansは2度に渡る全滅を受け、余剰兵力の大部分を失い後詰に限りがあり 慎重路線に切り替えIrelandの占領に従事していたMingの援軍を待った。 #ref(AAR813.jpg) Mingの増援を得たOttomans軍は、さらに北フランスに控えておいた予備兵力を投入 LincolnにてGreat Britain軍と激突した。 #ref(AAR814.jpg) 万全を期したこの戦いはOttomansが勝利し、さらに追撃を加えるべくGreat Britain軍を追うもまさかの敗北 消耗によるManpower枯渇が目前に迫ったのか、Londonを占領しつつGreat Britain軍を迎え撃つ作戦に変更した。 #ref(AAR815.jpg) そんな時、Noble Republicへの変体を要求する反乱軍がLondonに湧き 嫌がらせ半分でこれを守る形で占領をし、革命を起こして頂く事になった。 革命帝国を作ろうとしていたRussia(実はRussiaでは作れなかった)は「やめてくれぇー!!」と反乱軍排除を求めるも 「なんで?」とOttomansに言われてしまい、萎縮して願いを取り下げた。 *ゲリラ [#a82397d6] #ref(AAR816.jpg) Great Britainは、占領に従事しているハグレ軍団に攻勢掛け 1.2個軍団を溶かすも、本軍が到着するのを確認するや直ぐに北部に撤退を開始した。 このプレイヤーは細かい軍操作が本当に上手い。 こうしたゲリラ攻勢を前に、占領を断続的に中断されては軍が消耗し 勝っているはずが状況は好転する気配を見せなかった。 #ref(AAR817.jpg) 徐々に反応が鈍っていくOttomansとMingは 軍を小出しにした事で敗北する場面が増え始めた。 チャンスと見たGreat Britainは一大攻勢に打って出た。 #ref(AAR818.jpg) 占領を優先しようとしたのか、Ottomansは軍を半分動かし残りを占領継続という形を取ったが 前線では兵力数が逆転し、遂に戦線が崩壊してしまった。 #ref(AAR819.jpg) 未だにLondon付近には数多くの部隊が展開していたものの 既に軍量では2倍以上の差を付けられ、手に負えない状況になってしまっていた。 #ref(AAR820.jpg) 残る兵力を重ねて必死の抵抗を試みるも多勢に無勢、一網打尽にされ Great Britain島に侵攻したOttomansとMingは全滅をしてしまった。 Ming軍5割とOttomans軍7割に当たる軍を跳ね除けたGreat Britainぱねぇ...。 戦勝点は40点を超えてこそいたものの、そのほとんどは大陸側の領土で稼いだ分であり これでは海軍を作った意味もないし、Royal Navyに勝ってもGreat Britainに勝てたとは言えない。 Russia「どうしたものか...。」 [[AAR/ロシアの残光/対英戦争 後篇 (1758年-1773年]]へ続く...。 [[AAR/ロシアの残光]]
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