[[AAR/我々は世界の海を永遠に支配し続ける]] |CENTER:&ref(8.jpg);| |宝船艦隊が各国を訪れ、明は朝貢貿易の範囲を広げる。| 官僚たちは宦官に追放され、哲学者の宰相のもとに宦官閥の時代がはじまった。 彼らは交易と探検にちからを傾注するだろう。 *台湾 [#b3170b3b] 探検アイデアをとったら早速、福州の向かいにある台湾島に入植者をおくることにする。 その前に、原住民が放棄して入植者が追放されてしまわないよう、軍隊もおくっておく。 一つしかない将軍枠は探検航海者を雇うのにつかってしまったので、皇帝を将軍にする。 いまの皇帝は能力が1-1-2とよく言って無能なので、戦死してくれるとなおいいのだが。 |CENTER:&ref(9.jpg);| |台湾に親征する明の皇帝。| とくにあぶなげなく、1479年には台湾の入植が完了した。 ちなみに産物は陶磁器。陶磁器のシェアが世界一になると年間正統性にボーナスがつくので、これはラッキーと言えるだろう。 *フィリピン [#sf090283] そしてフィリピンへ入植。 フィリピンは初期視界では見えていないので、探検家を派遣してプロビンスを発見する必要がある。 早期キャラック三隻による探検船団がフィリピンを発見。 鄭和の大遠征に比べるとなんとも地味な陣容と発見物だが、致し方あるまい。 台湾と同じく、16000の軍隊を皇帝に率いさせてフィリピンに親征。 一人しかいない入植者のキャンセルをつかって同時に三か所に植民する。これ以上植民すると財政がもたないという点まで植民するのがコツだ。 軍隊は4000-4000-8000に分割した。8000の軍隊を皇帝に率いさせて、原住民が7000もいるマニラに駐屯させる。 と、ここで探検アイデアのレベルが上がって「自由植民者」をゲットした。自由植民者の効果は入植者+1である。 当然四か所目の植民を行うべく、8000の軍を4000-4000に分割して四か所目の植民地におくる。 ここで悲劇が。 マニラにいた皇帝と4000の兵隊が、7000の原住民の蜂起をうけて壊滅してしまった。 マニラの植民地は一時崩壊し、皇帝は戦傷を負って、命からがら北京に逃れた。皇帝はその傷が膿んで数年後には死んでしまった。1-1-2が死んだ。やったね! |CENTER:&ref(10.jpg);| |マニラ壊滅直後のフィリピン情勢。| あとは対策を練ったおかげもあって(軍隊を増員した)、順調にフィリピンを征服しました。 それと、このへんで探検アイデアをコンプリートして、アニミズム国家にCBを得たので、琉球を占領して属国化ののち併合しておきました。 *モルッカ諸島 [#i6e1a8a5] さらに初期から見えているモルッカ諸島に入植を開始する。 ここで注意。マラッカやブルネイといったマラッカ国家精神グループは国家精神がレベル7に達すると植民者を一人得る((最新vではテルナテとチドレがレベル3で植民者を得ることになっている。))。 したがってマラッカやブルネイは東南アジアにおける潜在的な植民地競争のライバルである。 彼らにさきを越されないためには、初期視界で見えているプロビンスは早めに入植すること。あらたに視界を確保したプロビンスはできるだけ早く(発見が自然伝播する前に)、入植すること。この二点が必要になってくる。 したがって初期から見えているモルッカ諸島は十六世紀の早い段階で入植してしまわないといけないのだ。 というわけで危なげなくモルッカ諸島を征服。 史実ではこの諸島はスパイスが多くとれたために香料諸島と呼ばれたが、この世界では茶が多く取れたために茶諸島と呼ばれることになるだろう。語呂悪いな。 |CENTER:&ref(11.jpg);| |モルッカ諸島。別名、茶諸島。| この段階でマジャパヒトとマカッサルからライバル指定を食らってしまう。 彼らはまったく脅威ではないが、貿易禁止措置を食らうと収入に打撃がある。それはまずい。 しかし貿易禁止措置はCBを明に与えるため、彼らはそれをやってこなかった。 とはいえいつ貿易禁止措置をとられるかは分からないので、対策を講じておかなければならない。 折しも「船舶建造ブーム」というイベント効果が起こって船舶建造時間が短縮されるボーナスを得たので、早期キャラックを十隻ほどつくっておく。 なお、二番目のアイデアは拡張アイデアをとりました。 拡張アイデアは入植者を一人増やすことができ、さらに探検アイデアとともにコンプすると、入植者さらにもう一人追加の政策を採用することができます。 *パプアニューギニアとオーストラリア [#o1c75f14] 続いてパプアニューギニアに入植を開始する。 ここは原住民の数や好戦性が多く、厄介なプロビが多い。 しかし軍事技術が改善されていることもあって、原住民に敗北することなくパプアニューギニアを征服した。 さらにオーストラリア大陸にも入植を開始する。 オーストラリアに数プロビ入植すると植民地国家「漢族のオーストラリア Xan Australia」が建国された。 ゴールドも発見し、ほくほくで入植を続ける。ニュージーランドにも入植を開始し、これを独占する。西洋列強の影はまだ見えない。 |CENTER:&ref(12.jpg);| |金だ! 金だ!!| 1517年から1575年までは皇帝Cicanの長期政権となった。でもこいつは3-1-1の低能なのであまり嬉しくない。こいつの治世には疫病がおこったり同盟国朝鮮にライバル指定をくらって貴重な婚姻枠が減ったりとたいへんだった。 1552年には貴族アイデアを取得開始。軍事アイデアならなんでもよかったが、v1.6なので海軍が軍事のところになく(外交のところにある)、ロマンを求めて貴族を選択した。コンプすると将軍枠が増えるのでそれも狙った。 1589年にはマカッサルから貿易禁止措置を食らったので得たCBをつかって宣戦、属国化し、のち併合した。あとのほうでは同じながれでブルネイも併合している。同じ頃、東南アジア大陸部でアユタヤがのびてきて、こちらをライバル指定してきたのでミャンマーのシャンと同盟を結んだらシャンとペグー&ランサン&大越との戦争に巻き込まれた。敵三カ国の首都を占領し、和平する。このときのMingは対外戦争の絶頂期だった。 1589年にはマカッサルから貿易禁止措置を食らったので得たCBをつかって宣戦、属国化し、のち併合した。あとのほうでは同じながれでブルネイも併合している。同じ頃、東南アジア大陸部でアユタヤがのびてきて、こちらをライバル指定してきたのでミャンマーのシャンと同盟を結んだらシャンとペグー&ランサン&大越との戦争に巻き込まれた。敵三カ国の首都を占領し、和平する。このときのMingは皇帝Youxiaoのもとで対外戦争の絶頂期だった。 TIME:"2016-12-28 (水) 19:09:37"