[[AAR/北欧の狂犬]]

*第三章 ノース・コンクエスト [#z3a9fe73]
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 イングランドに一言いってやりたい。
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#contents
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**スコットランド遠征(1474~1479年) [#k640b972]
 デンマーク戦を終えて後顧の憂いを絶ったオーラヴ5世はすぐにスコットランド遠征の準備に取り掛かった。
スコットランドは兼ねてより我が王国領土のオークニー諸島に対して野心を抱いており((オークニー諸島のせいでゲーム開始時から一貫して外交姿勢が敵対(Hostile)であった。))、その野心を挫くため遠征を決意した。
イングランドを抱き込み、グレートブリテン島での補給路を確保した上で宣戦を布告した。
その際イングランドにも出兵を要請したが、対フランス戦を終えたばかりで財政に余裕がないとの理由で断られた。

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 スコットランドに独立保障をかけていたフランスも借金と厭戦気分を理由に出兵せず。
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 しかし、そのわずか一ヵ月後イングランドは突如スコットランドへ侵攻。ノルウェーはイングランドの二枚舌外交に踊らされた格好となるのであった。
スコットランドは南北で挟撃される形となり、なすすべなく敗れ去った。
戦後、イングランドは同盟を一方的に破棄。ノルウェーへの対抗心をあらわにする。ノルウェーもまたイングランドに対して対決姿勢を示す形となった。((お互いライバル関係となる。))

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 ハイランドの割譲とスコットランドの属国化で講和成立。
 イングランドの電撃侵攻によってアバディーンを奪われる羽目となる。
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**デンマーク侵攻(1485~1490年) [#hac5454e]
 1472年にノルウェーにフュン島、ロラン島を奪われ、その後スウェーデンにスカンディナヴィア半島の領土を奪われたデンマークにもはや以前のような力は無かった。
オーラヴ5世はデンマークの富の源泉であるエーレスンド海峡の通行税((ゲーム内ではシェラン島のプロビに「Sound Toll」という特殊効果が付与されており、Local Trade Power+20、Local Trade Power+25%の二つの強烈な補正が付いて再現されている。))の奪取を目論み、侵攻を開始した。

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 この後シェラン島、シュレースヴィヒの割譲とデンマークの属国化で講和成立。
 カルマル同盟の崩壊からわずか40年でかつての宗主国デンマークはノルウェーの軍門に降ることになる。
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**スコットランド防衛戦争(1490~1497年) [#g71672ca]
 デンマーク侵攻作戦がまもなく完遂を迎えようとしていたその時、スコットランドより急報が届く。((宣戦布告を喰らう音に毎度ビクッとしちゃうんですが絶対心臓に悪いですよねアレ))
イングランド軍総勢4万が突如越境を開始し、スコットランド領内へ侵攻。
この時、グレートブリテン島のスコットランド守備隊の兵力はたった7千であり、ノルウェーの主力9千もまたデンマークの地で講和に臨んでいる最中であり、完全に不意を衝かれる形となった。
輸送船団を含む主力海軍もイングランド海軍によってヘルゴラント湾内に押し込められ、スコットランドへの救援は絶望的な状況に陥った。

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 開戦直後のスコットランド領内の様子、スコットランド守備隊は敗れ、命からがらウェスタン・アイルズへ敗走。
 対するイングランドは大軍ゆえの驕りからだろうか、いつでも潰せると言わんばかりに追撃せずにそのままハイランドの包囲に入る。
 おのれイングランドなめやがって!!!

戦争勃発時の状況を冷静に分析すると
-味方同盟軍:スウェーデン、ブルターニュ  敵同盟軍:アラゴン、ナポリ
-離島での戦いなのでお互いの同盟国はさして役に立たず実質的にはお互い単独での戦争
-グレートブリテン島にイングランド兵4万、海軍は重装船6隻を含む25隻
-ノルウェー兵9千、AoWが無いので指示できないスコットランド兵7千(しかも襲われれば即全滅寸前)合わせても1万6千、ノルウェー海軍は重装船3隻を含む16隻

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 王国内ではスコットランドを無条件で差し出し、傷が深くなる前に早急に許しを請うべきだとの声が上がるが、
オーラヴ5世は先のスコットランド遠征の折のイングランドの傍若無人な行いを忘れてはおらず、
たとえこの戦で大敗を喫しようともノース人の気概を示し、イングランドにもそれ相応の傷を負わせるべしと対決を決意する。
すぐさま各領主から臨時の戦争税((MIL50消費で陸軍維持費及び海軍維持費が-20%される。効果は2年間続く。2年経過後、再び戦争税を徴収するか選択肢が出る。一回でMIL50消費は痛手だがこちらも本気。死なば諸共。))を徴収し、イングランドには秘匿しつつスカンディナヴィア半島内の各造船所にて小型船の大増産に踏み切った。
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一年後、新たに13隻の小型船を揃え、包囲を受けているヘルゴラント湾へと急行させた。

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 ヘルゴラント湾海戦 前日の様子
 後に救国の英雄と讃えられたエスベン提督が総司令官を務めた。
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 バトル オブ ヘルゴラント
 イングランドはこの時点で伝統の『海軍士気+20%』と1つ目の固有NIで『重装船戦闘力+10%』を獲得しており既に海なら最強だが、
 ノルウェーも伝統の『小型船戦闘力+20%』と2つ目の固有NIで『海軍士気+20%』を解放しており、実はなんと士気は拮抗している。
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そしてついに・・・
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 歴史的大勝を収める。
 この海戦の勝利がこの戦争のターニングポイントとなる。
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 この大勝利に筆者も思わず一言。この戦争・・・
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 これにより制海権を握ったノルウェー海軍はウェスタン・アイルズに艦艇を派遣し、スコットランド守備隊の保護に成功。
また、グレートブリテン島南部では手薄になった地域へ散発的に上陸を繰り返し、各地で略奪を働きイングランドを少しずつ苦しめていく。 
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 俺たちゃ海賊!
 このあとめちゃくちゃ略奪した。(10州くらい)
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この状況に危機感を抱いたイングランドはポルトガルに派兵を要請し、ポルトガルが戦争に介入する。しかし時既に遅し。

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 ポルトガル、アラゴン、ナポリの海軍は各個撃滅され、大西洋に沈んだ。
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 イングランド陸軍は当初の目的であったスコットランドは占領したものの、ノルウェーの徹底した抗戦意思にイングランド首脳は困惑していた。
制海権を奪われ陥落したアイルランド島のミースを救援すべく、全軍をもってノース海峡を渡河したが、これが大失策であった。

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 アイルランド島内に閉じ込められ無力化された5万の兵士。
 この後、調子こいて見逃していたスコットランド守備隊に占領地を全て奪回される始末。驕りは身を滅ぼす。
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1496年6月 ロンドン陥落

1497年11月 講和締結。7年に及んだ戦争はまさかのノルウェー勝利で幕を閉じた。

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 スコットランドにアバディーンの返還、ノルウェーにノーサンバーラントの割譲、ウェールズ地方の独立承認を条件に講和成立。
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 この勝利によりノルウェーは大国の仲間入りを果たした。しかし、この大勝利は逆に隣国スウェーデンの危機感を大いに煽ることになった。

同盟に基づいて防衛戦争には味方したものの、ノルウェーのデンマーク支配を快く思ってなく((シェラン島、ユトランド半島などに野望を持ち、合計-90の友好度補正が付いてしまった。これにより外交姿勢が敵対(Hostile)に変化してしまった。))、講和から数ヵ月後、同盟の破棄を通告されることになった。

1504年 スコットランド外交併合
 安全保障を理由にスコットランドを説得し、オーラヴ5世はスコットランド王も兼ねることになった。

1506年 フランス王国と軍事同盟締結
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**プロテスタント宗教改革(1507~1513年) [#ta87a521]
1507年
 隣国スウェーデンの首都ストックホルムよりプロテスタント宗教改革が始まる。
同年ノルウェーも腐敗しきったローマ・カトリックを見限り、プロテスタントに転向を決意。((国教を変更した国に対して、先着(3ヶ国まで?)で宗教の中心が貰える模様。最初からプロテスタントか改革派に変更する予定なら早めに転向したほうがお得。))

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 ノルウェーの改革の中心はベルゲンより始まる。
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1508年 名君オーラヴ5世死去
 デンマーク、スコットランドを獲得し、イングランドを打ち破り、ノルウェーを列強に押し上げた名君の治世は39年であった。

1513年 宗教的混乱が収束を迎える。
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**ノース・コンクエスト(1514~1595年) [#jf8b06d1]
 オーラヴ5世から引き継いだ若き王エイリーク3世は父王が成し遂げられなかったイングランド征服を夢見ていた。
宗教的混乱が収まり、国内が安定した今、エイリーク3世はついに決断を下した。

***第一次イングランド征服戦争(1514~1518年) [#d12c5000]
 フランスの助力を得て、ノルウェーはイングランド征服を開始した。ここにノース・コンクエストが開始される。

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 フランスを引き入れ、イングランドとノルウェーの力の差は完全に逆転した。
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1517年 デンマーク外交併合
 対イングランド戦の最中、兼ねてより進めていたデンマーク併合に向けての交渉がついに纏まり、デンマーク王国はノルウェー王国の一部となった。
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 ヨークシャー、ランカシャー、カンブリアの割譲、ウェールズ公国の属国化解除で講和成立。
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1522年 ウェールズ外交属国化

1526年 対抗宗教改革が始まる。
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***第二次イングランド征服戦争(1532~1535年) [#t27a7468]
 エイリーク3世による二回目のイングランド征服が開始される。ノルウェー独立戦争以来の盟友であったハンザ同盟がカトリックの守護者としてイングランド側に味方をする。

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 この戦以降もたびたびカトリックの守護者がヨーロッパにおける戦争で邪魔者となる。
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&ref(AAR_3_16.jpg);
 ここまで地力が付いてくるともはや毎回ロンドンを略奪するだけの簡単なお仕事。
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1535年 講和締結。リンカンなど3州割譲。同年この講和を見届けたエイリーク3世がこの世を去る。ノース・コンクエストはオーラヴ6世が引き継いだ。
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***フィンランド防衛戦争(1535~1540年) [#jeac3b7d]
 プロテスタントの守護者たるノルウェー王国は、前年にスウェーデンがオーストリアに敗れて解放されていたフィンランドより防衛の要請を受けた。
オーラヴ6世は直ちにノヴゴロドへの派兵を決定し異端との対決姿勢を示した。

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 弱い・・・。というかノヴゴロドが未だに生き残ってるとかモスクワの体たらくが酷い世界・・・。
 ちなみにノヴゴロドがモスクワに完全併合されたのは1739年である。(筆者が特に介入していないのにも係わらず・・・)
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この戦争の対価として、後年のモスクワ征服に向けた橋頭堡としてネヴァを獲得する。
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***遷都 [#af8c37a3]
 English文化も受容し、グレートブリテン島での統治も安定してきたの機に、オーラヴ6世は長年の懸案事項であったスウェーデンからの首都防衛問題を解決する為、グレートブリテン島のヨークへ遷都を決断した。これにはフランスとより強固な関係を築きたいとの思惑もあった。

1545年この遷都に際しヨーク改めヨーヴィックと改名した。((ヨルヴィークとも言います。ヴァイキング支配時代につけられていた地名でもあり、それが訛ってヨークになったという。ちなみに現在のヨーク市内には[[こんな施設>http://jorvik-viking-centre.co.uk/]]もあります。))

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 今回のプレイの最大のロマン枠。
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***第三次イングランド征服戦争(1545~1547年) [#t502ffbe]
 ヨーヴィックへの首都機能移転が完了した後、オーラヴ6世はノース・コンクエストを再開する。
この戦争ではスウェーデンがイングランド側について参戦し、後に旧都オスロを落とすことになるが、もはや戦略上価値は無く大勢に影響はなかった。

戦争勃発後わずか2年でエセックス、グロースターシャーおよび海外領土グリーンランドの割譲を条件に早期講和成立。

1554年 ドイツ国内のザクセン=ラウエンブルク公国外交属国化

1555年 フィンランド外交属国化
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***第四次イングランド征服戦争(1557~1560年) [#o445c7e7]
 イングランドとの停戦明け後、時を置かずして宣戦布告。
カトリックの守護者としてカスティーリャがイングランドに味方するも我が盟友フランスによってポルトガル諸共・・・お察し下さい。

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 無敵艦隊と言えどももはやノルウェー海軍の敵では無い!
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&ref(AAR_3_20.jpg);
 ウェセックスなど3州およびカリブ海の海外領土割譲を条件に講和成立。ロンドン包囲が完了する。
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1561年 西アフリカ フェルナンドポー植民地化完了により対岸のベニン王国保護国化

1567年 オーストリア領有のネーデルラントにて独立戦争勃発。後に独立を達成する。

1572年 ミシシッピ川沿岸にてNorwegian Louisiana成立。
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***第五次イングランド征服戦争(1572~1576年) [#q45f43c4]
オーラヴ6世、三度目となるノース・コンクエスト開始。ロンドン包囲に伴いイングランド王国はアイルランド島のミースに遷都している。

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 長年大軍が駐留して進撃が叶わなかったアイルランド島に初めて進軍する。グレートブリテン島での相次ぐ失地によりもはや大軍は存在しない。
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1574年 戦争の最中、オーラヴ6世が死去。ノース・コンクエストは王太子クリストファーが引き継ぐことになった。
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&ref(AAR_3_22.jpg);
 講和が成立し、ついにイングランド最大の都市ロンドンを手中に収める。
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1581年 メキシコ北部にてNorwegian Mexico成立。

1587年 ザクセン=ラウエンブルク公国およびフィンランド外交併合

1588年 リトアニアより独立していたリガ外交属国化。同年ノース・コンクエスト完遂を間近にしてクリストファーが死去。エイリーク4世が引き継ぐ。
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***第六次イングランド征服戦争(1589~1595年) [#q76bfd76]
 エイリーク4世は自身を含めて5代、延べ百年間も続くグレートブリテン島におけるイングランド王国との勢力争いに終止符を打つべく最後の総仕上げに取り掛かった。
開戦後、手始めにカトリックの守護者として参戦したハンザ同盟を降し、単独講和でリューベックを奪取。これによりリューベックノードにおける優位性は確実な物に。

そして1595年、ついに・・・

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 イングランド王国の最後の砦コーンウォールを獲得。グレートブリテン島を巡る百年戦争についに幕が下りる。
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 ここにエイリーク4世がノース・コンクエストの完遂を宣言。
正式にイングランド王として戴冠され、ノルウェー、デンマーク、スコットランド、イングランドの四王を兼ねたエイリーク4世により北海帝国が再興された。

また時を同じくして1597年にはオーストラリアにてNorwegian Australiaが成立。

これを機に次は世界の海へと本格的に漕ぎ出すノルウェー帝国の17世紀の幕が上がろうとしていた。
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**第三章 まとめ [#m7e974aa]
 ほぼ全編を通じてイングランドとの抗争に明け暮れた一世紀であった。
百年かかったが戦略方針の''(3)ブリテン諸島の制圧''を達成できたことにより、今後はノルウェーというよりなんちゃってイギリスプレイである。
これからゲーム終了までの残り二百年を使って、今回の最終目標である全ての海軍軍需品を回収することに軸足を移していく。

ちなみにここまでで獲得できた既存の海軍軍需品産出プロビは、実はまだフィンランド領内の1箇所のみである。

次章からはようやく世界各国に喧嘩を売り北海の狂犬らしくなって筆者も一安心です。
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***ゲーム開始から100年経過の1544年の世界地図 [#ye620b7e]
&ref(1544.jpg);
 ノルウェーは北米東岸の植民に熱中。
 モスクワのぐだぐだっぷりがヤバイ。カスティーリャがケープに進出開始。
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***1600年の世界地図 [#pe7b7250]
&ref(1600.jpg);
 ノルウェーは中米のカスティーリャを上手く押さえて中米を横断して北米西岸に進出開始。オーストラリアにも進出。
 モスクワのぐだぐだっぷりが更にヤバイ。オスマンやオイラト、それとインドのどっかの国は順調な模様。
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*[[第四章 スウェーデン・リトアニア継承戦争>AAR/北欧の狂犬/第四章 スウェーデン・リトアニア継承戦争]] [#m28a5970]

TIME:"2014-11-17 (月) 01:35:05"

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