AAR/オマーン国際AAR

オマーンと香辛料

アンダマンの港整備をした後、マスカットの商人組合・有力部族は
香料諸島への海路を開拓した。

航海士Nabhan Abbas率いる探検隊はアユタヤの支配するマラッカを通らず
スマトラ島の西を大回りしスンダ海峡からジャワ島に上陸した。

ジャワ西部にはスンニ派諸港市同盟が既に成立しており
異端のマスカットはヒンドゥ国家のマジャパイトの保護を受け
ジャワ島中部のdemakで港の建設を開始した。

中国・インドを繋ぐ東南アジア地域では
島国のマジャパイト・ブルネイ・マカッサルと大陸のアユタヤの4国が争っており
内乱で余裕の無いマジャパイトはスンニ派と敵対するオマーン艦隊を当初歓迎した。

しかしマジャパイトの王港Surabayaを脅かすDemakの繁栄を前に保護を反故しオマーンと戦争に
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オマーン本国から送られたベドゥイン部族軍にマジャパイト軍は破れ
イバディ派への改宗しマスカットに服属する。

派遣されたベドゥイン軍は更なる仕事を求め
マカッサルを占領、これににもまた改宗&属国化を飲ませた。

香料諸島に繋がる道中の2つの国家を従えたが、香料の独占はならず
依然マスカットの目を逃れる密輸が続いた。

派遣軍は更にジャワ島西部の港市を抑えるも
競争相手のインド商人達は
険しい地形に陣取る強力なブルネイ、アユタヤを通り
富を持ち帰っていった。

欧州への道

マムルーク朝が滅び地中海への道はすべて
友邦Ottomansによって支配され安全な航海が約束され
オマーンの部族は直接ヴェネツィアに
自分達で商品を輸送することが可能になった。
アドリア海に面するLikaをottomansから与えられ、
カイロやダマスカスからの大型輸送船の港として繁栄させる。
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一方で南アフリカのオマーン支配の最南端
ソファラの南InhambaneにSpainが到達したことによって
欧州への第2ルート、アフリカ南回り航路が発見された。

砂漠の部族、海岸の部族はそれぞれの新たな交易路を喜んだが
南アフリカ航路が整備されると
殆どの香辛料がコストの低い南回り航路を流れることになった。

西欧化

Omanはイスラム技術国家であり、技術コストペナルティをなくすには西欧化をしなければならない。

西欧化の条件で「西欧技術グループの国家と隣接する」というものがあるが
今回のOttomansは西欧化しないと公言していたので
自分で早いうちに西欧国家と接する必要があった。

最も早い方法はOttomansがハンガリーを攻める際に同乗し
オーストリア/ヴェネツィアと接する州を獲得し
クロアチアとして属国解放、クロアチアに属国併合に
必要なコア化距離圏内に適当な州を与えて併合(1.73時代)というものだ。

当初の予測では15世紀以内に併合可能だと思っていたが
Ottomansが予想外にキプチャク草原やモロッコ、ペルシア方面に
早期に手広く拡張をしたためハンガリー方面が放置され
結局併合できたのは1550年

その大分前にはSpainと南アフリカで既に接しており
外交技術の上がりが遅いSpainが十分に技術差を付けるのを待って
1530年頃に西欧化を開始した。

獲得領土の多くが異端であること、たまたま正統性が0だったことが重なり
National Revolt Riskは酷い時には10を超えたため
全土でHarsh treatした…がそれでも反乱は頻発し
Ottomans軍の助けを借りる必要があった。

Oman「西欧化中のうちの反乱軍の鎮圧を手伝って欲しい」
Ottomans「ちょっと待って、プレイヤー間戦争が起こるかもしれないから十分には送れないかもしれない」
……ついに来たか!

Brandenburgの膨張

Ottomansがプレイヤー間戦争に巻き込まれる…ということは
既にOttomansと接している国はMuscovyしかないので
早くも露土戦争か?と思ったがそうでは無かった。

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どうもBrandenburgが周りの想像以上に早く拡張し
東部ドイツは勿論、属国も合わせるとライン川西岸まですでに支配し
その上ボヘミアと同君連合を成立させたため周辺国を緊張させたようだ。

事前にどのような交渉があったか、蚊帳の外なので分からないが
Ottomans・Tuscany・Spain・Scandinavia(いつの間にか成立してる)連合軍は
同時に宣戦し東西南北からBrandenburgに流れ込んだ!

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Oman・Muscovy「怖いな〜戸づまりすとこ」

あまりの戦力差に皆、Brandenburg軍は開始早々消し飛び全土占領されて
いくつかの領土要求で講和するものだと思っていた

蓋を開けてみると予想と裏腹に、Brandenburgは
南からきたSpain軍を撃破し
ポーランドに全軍を逃れさせるのに成功した。

その後戦闘は起こらずBrandenburgの全土占領を待つまでもなく
戦勝点100点分の要求で両者早期講和に合意した。

対独懲罰戦争講和条件
ボヘミアとの同君連合を解除する
以上

Brandenburgは最小限の被害に食い止めるのに成功した
周辺国に軍質の差、恐怖心を植え付け
しばらく欧州情勢の大きな変化は訪れることは無かった(ように見えた)

対日本戦

欧州が戦争中、オマーンは反乱軍と死闘を繰り広げていたが
外国とも戦争をしていた。

そう…日本とである…といっても
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四国朝廷とだが…

朝廷は上杉氏に独立戦争を起こされ惨敗
四国に辛うじてしがみつくのみであり、さらに反乱を起こされてる始末で
西欧化中のOmanでも叩くのは容易なはずだった。

また、ムスリム技術のうちは東アジア技術の日本を属国化できるが
西欧技術になると保護国にしか出来なくなるため
戦争による属国化の最後のチャンスでもあった。

日本(朝廷)は本州に広くコアを持っており、
属国化のリターンが大きくCB無しで安定度を下げてでも構わずに宣戦した。

しかし砲兵の付け忘れでなかなか占領が進まず
更にCB無し宣戦での安定度減少による収入減→西欧化速度上昇で
四国を占領する前に西欧化が完了してしまった!

西欧化を達成してしまったため属国化が出来ず、悔しさで保護国化したが
併合するには、保護関係を切って(安定度-1)戦争によらなければならず
結局何から何まで裏目に出てしまった。

更に悲しいこともあった。

西欧化中にマジャパイトの属国併合を進行させていた。
属国併合が完了したらマジャパイト領の1プロビのRiau島をアチェとして属国復興し
スマトラ島全土のアチェのコア州を
アユタヤから属国アチェに返還させようと画策していた。
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しかし日本戦が西欧化中に終わらず
属国復興をすることが出来なかった*1
アチェも東ア技術グループ国家なので西欧技術だと保護国にしか復興できない

つまり日本とスマトラ島領土が属国併合で外交点で併合できたのが
統治点によるコア化しか出来なくなり
さらに安定度-3分の統治点を失うという悲劇を招いた。
これによって拡張アイデアの解放が大幅に遅れることになる。

みんなもちゃんと砲兵を運用しようね!

西欧化後

西欧化によって北方欧州国家にかかっていた霧が晴れた。
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キプチャク平原を持たないMuscovyはどうも薄っぺらい。
というかMuscovyの文字がシベリアの方にあるのは何で…
以前はPoland相手に敗北していたがPrussiaと連携して
今回は有利な戦況でいる。

Brandenburg…いやPrussiaはTeutonic orderを併合してさまになっている。
一度包囲網を組まれると外交の立ち回りが難しいだろう。

Tuscanyは北イタリアの大部分を抑えている。
Omanがクロアチアを得たためTuscanyと国境が近くなり
システム上でライバル視できるようになった。
PP稼ぎでライバル視しているが、特に揉めることはないだろう…たぶん

Scandinaviaは新たにバルト・北海都市をいくつか獲得したようだ。
交易で巨額を儲けている。

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England・Spainは欧州の他に大西洋にも広く拡張している。
北と南で住み分けは出来ているようだ。
メキシコは南北で分断するらしい。

Ottomansは異常にでかい。
以上

インドネシア統治について

注意!この時代のインドネシアの地理はもはや今の物と別物です…
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インドネシア地域は全て東アジア技術グループのため
ムスリム技術中は問題なく属国化できるが
西欧技術になると保護国にしか出来なくなる。

そのため西欧化前に属国化する必要があり
植民で拠点を一つ持ったら早速攻め入るのがいい。

また属国化/併合する際の注意だがマタラム・マカッサル・ブルネイ(州名)の
3州はそれぞれBTが8・8・10あり容易に改宗できないため
講和による強制改宗/属国による改宗が楽だろう。

属国化の間に合わなかったブルネイに関しては
首都以外割譲→首都だけの状態で強制改宗→併合の3段階をわざわざ踏んだ。

文化についてはスラウェシ文化はBT32・マラヤ文化はBT56分あるので
スラウェシ→マラヤの順に併合するとうまく受容できた。

その他空白地が沢山あるが、注目して欲しいのは
ジャワ島・スラウェシ島のBTと原住民人口の多い州だ。

植民地が都市化した際のBTは植民地BT+0.2*原住民人口/1000のため
原住民人口が多い州は都市化したら当然豊かになる。

これをさらに豊かにするため、その州の産物を奢侈品にするとなお良い。
無論希望通りの物をそのまま産出させることはできないが
希望通りの産品が出なかった場合、例えば植民地人口340人で
「穀物が産出」イベントが起きたら、その植民地をabandonし
また植民し直すのを希望の産品のイベントが起こるまで繰り返すことで
疑似的に高額の産品を希望通りに出すことが出来る。

残念ながら隣接州と同じ産品はでにくく設定してあるため
全ての州を香辛料に…ということはできないが
高額産品は他にも茶・陶磁・布等あり
これらで固めることでよりインドネシアを豊かにすることができる。

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オフラインプレイではAIがガンガン入植してくるので植民し直す余裕はないが、
マルチプレイではプレイヤー間で縄張りを先に決めておけば何度も入植しなおすことができる。

ちなみにこの高額産品固めがいいことばかりではないのと後に発覚する……

4章 新たな抗争に続く


*1 戦争中は属国復興ができない

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