「じいちゃん、俺、象牙海岸の交易商人になったよ。」
ハンガ・モディボは祖父の墓前に花を手向けた。今から19年前、象牙海岸の産物を扱う商人にでもなればティンブクトゥに入れるかもしれない、と言った祖父。そんなの夢物語だとも祖父は言ったけれど、モディボはハウサの民が沿岸部から内陸部に商品を運んでいるのを知り、自分にもできると考えた。
1463年、ハウサ諸国がソンガイ帝国に併合された年に、モディボはハウサ人のガイドを雇ってハウサ諸国の旧首都ボニーに行った。そこで、精緻な象牙細工を手に入れ首都ガオまで運び、宮廷の調度係に見せた。帝国では3年前に宮殿を新築したばかりであったが、調度品が不足しておりカリフ・スンニ・ダウドの機嫌が悪いというのは有名な話だったのだ。調度係は大喜びで象牙細工を全て購入した。
それから数日後のこと。モディボのもとに宮廷からの使者がきた。なんとカリフ・スンニ・ダウド直々にお会いくださるという。モディボは大慌てで街で謁見用の服を買い宮殿へと向かった。
「このような見事な象牙細工は初めて見た。いったいどこで造られたものなのじゃ。」
「はい、これはコンゴ王国のロアンゴというところで加工されたものです。ロアンゴは見事な象牙細工が造られるところで有名でございます。」
「ほう、コンゴはボニーからさらに密林を南に抜けて行かねばならぬと聞くぞ。随分遠くからの産物が手に入ったものじゃ。」
「カリフ、恐れながらコンゴ人は密林など抜けてきません。海を船でやってくるのです。」
「海とはなんじゃ。」
「はい、海とはチャド湖*1よりもずっと大きく、塩辛い水が見渡す限り広がっているところをいうのです。」
「なんとチャド湖よりも大きいところを舟で行き来するのか。たいしたものじゃ。モディボ、デンディの水軍部隊*2を貸してやるから舟で直接コンゴに行き象牙細工を買いつけて参れ。」
「カリフ、恐れながら舟でコンゴに行くことはできません。」
「コンゴ人にできてなぜ我らにできぬ。」
「海の波はニジェール川の濁流よりもはるかに荒く高く、川で使う舟では到底役に立ちませぬ。コンゴ人は舟よりずっと大きい『バーク船』でやってくるのです。残念ながら我が国にはバーク船を造れる者がおりません。」
「そうか・・・それでは仕方ないな。ところで、象牙海岸で一番栄えている港はどこじゃ。」
「はい、それはベニン*3です。ベニンはボニーの隣の港です。」
「ほう、そうか。そちの話は大変勉強になった。象牙海岸での貿易はそちに全て任そう。」
「ありがとうございます。」
象牙海岸の商人を夢見た少年は夢をかなえた。
1465年、モディボはカリフ・スンニ・ダウドから呼び出しを受け、宮廷に向かった。部屋には見たことのない白い肌の男がいた。
「モディボ、こやつはな、前にそちが言っておった『バーク船』の建造技術を持った男じゃ。」
「え?」
「砂漠を超えた先の国では『バーク船』は普通に造られておるものと聞いたので、我が国に技師を呼んだのじゃ。こいつを連れて行き『バーク船』を建造せい。」
「ありがたいお話ではありますが、『バーク船』は非常に高価なもので、一隻建造するのに20.1ディナールもかかります。とても私の財力で造れるものではありません。」
「なんじゃ、そんな話か。昨日、カネム・ボルムから賠償金をせしめたばかりじゃ。そのままそちにくれてやるから『バーク船』を造るがよい。」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「ところで、最も栄えている港・・・ベニンといったかの。ベニンは『バーク船』を何隻保有しているのじゃ。」
「彼らは一隻も保有しておりません。」
「そうか。今日はもう下がってよい。」
カリフは非常に良いお方だ。モディボはすっかり感嘆した。
それからちょうど1年後のこと。モディボがボニーの事務所に戻ると宮廷からの使者が待っていた。
「カリフからの命令である。本日、我がソンガイ帝国は異教徒であるベニン王国に鉄槌を下すため宣戦を布告した。そなたは、バーク船をもって海上を封鎖せよ。」
ベニンの状況を聞きバーク船を造らせたのはこのためだったのか。モディボはカリフの大局観にますます感嘆し、さっそくベニン港を封鎖した。もともと国力のないベニンは1年とたたずに陥落し、1467年、ソンガイ帝国の属国となった。カリフ・スンニ・ダウドはベニンに高額の賠償金を要求し、その金でさらに2隻のバーク船を造りモディボに下賜した。
その後、ベニン王国は1479年にソンガイ帝国に併合された。帝国領土の拡大に伴い帝国統治の費用が嵩むようになったため、スンニ・ダウドは人頭税の導入*4を実施した。
スンニ・ダウドはニジェール川流域の灌漑設備の整備にも力を入れ、1480年、砂漠の多いデンディでも作物がよく取れるようになった。
1480年代になると、人々の間では、帝国再興の祖スンニ・マラカナの物語が人気となった。前王はソンガイの暗黒時代に国を取戻し、マリ王国という悪魔から我らを解放した英雄であり、伝説の人物となりつつあった。スンニ・ダウドは宮廷の権威を高めるために、スンニ・マラカナを題材とした叙事詩を多く作らせ、国中のいたるところで吟遊詩人に語らせた。
1482年、ソンガイ帝国スンニ・ダウドの長子スンニ・イスマイルを大将として、オヨ王国征服を開始した。精鋭部隊の前に長く平和を享受してきたオヨ王国軍は敵ではなく、1483年、オヨ王国はソンガイ帝国の属国となった。
ソンガイ帝国軍の勇猛ぶりは世界に轟き、ソンガイ帝国は世界で12番目によく知られた国になった。
1493年、オヨ王国はソンガイ帝国に併合された。同時に沿岸地方の文化であるヨルンバ文化を受け入れた。
1494年、帝国の版図を大きく拡大し、政治体制を改革し、技術を大きく向上させ、貿易を促進した偉大なるカリフ・スンニ・ダウドは崩御した。享年77歳であった。
「No.5 探検旅行」につづく