スペイン戦。オスマン達には最後の奉公をしていただきましょう。
開戦直後に軍事覇権を宣言。
宣言効果の州割譲コスト-10%と完成効果の包囲能力+20%は個人的に至高です。
維持効果の移動速度+10%もプレイヤー厭戦感情緩和に役立ちます。
経済覇権はテリトリー自治度減少を筆頭に優秀な効果がありますが、
覇権を宣言できるときには圧倒的な国力を有しているのでなくてもかまわないでしょう。
ところで、1.31からは属国には関係-100が適用されなくなったので扱いが楽になりました。
以前は、属国の併合により減少分と合わせると属国の好感度がしばしば190になりましたしね。
スペイン戦終結。
スペイン、フランスから割譲させた領土を統治させるためにアラゴンを属国開放させました。
戦後、オスマンから同盟を破棄させられました。
宣教師8人体制。
セーブ&ロードをするとモニュメントに追加の資金・人的の投入ができなくなる仕様があるのでだいぶ遅れました。
1703年6月、ニトラ外交併合。
モニュメントに関してもう一つ。
教皇領から割譲させたローマですが、改築中なのでコア化できません。
こうなると、待つか、属国に投げるかしか選択肢がありません。
覇権による属国への影響や植民国家による開墾の中止に関しては1.31で改善されたので、
タリバンみたいに爆破させる機能をつけろ
改築中止の指示が可能になるように改善してほしいところです。
200年以上続いた同盟の相手であったオスマンについに宣戦布告。
ムガルもオスマンもライバル指定する国いないほど巨大化しています。
(ムガル>>超えられない壁>>オスマン>>超えられない壁>>欧州各国)
一見、国力や兵力はこちらが圧倒しているように見えますが、
ムガルの兵は反乱や各地の征服のために分散しており、植民地軍も多いため、気が抜けません。
中近東やアフリカにレベル8要塞を敷き詰め防御を固め、約150Kを駐屯させました。
侵攻軍は欧州方面の約400Kとイベリアから転用したアフリカ方面の約200Kとなります。
国境付近の要塞をmilを使って爆破し、傭兵を突撃させて早期に落城させます。
強襲で首都コンスタンティンを攻略。
隣のプロビの要塞を合わせて攻略し、アナトリア側からの増援を防ぎます。
この後、一進一退の攻防戦が繰り広げられており、敗北することも多いなあと感じていたら、
オスマンの方が軍事技術が1つ進んでいたことが判明。
こちらも軍事に関しては最新を維持しているので不思議でしたが、
オスマンは革新アイデアを採用していたのが理由でした。
オスマンに対する苦戦が理由か、再び包囲網が組まれ始めました。
次はフランス侵攻を予定していたので、包囲網に入られる前に程々の戦勝点で妥協することを決定。
オスマン戦終結。
開発度129の大都市コンスタンティンと欧州側の要塞を中心に割譲させて力を削ぎました。
他は南スラブの同化ボーナスの州割譲戦勝点-10%を獲得に近づけるように領土を割譲させました。
戦後にギリシア、ブルガリア、セルビア(適当に属国開放したらコア化不可だった地域)を属国開放しました。
オスマンが教皇領を狙っていたので、こちらも釣り出し参戦で占領して邪魔しました。
なお、操作ミスでオスマンは1州獲得した模様
革命の時代到来。
能力は、「ナポレオン戦争」、「無制限の征服」、「反革命の熱意」、「海戦」、「改良された砲兵の射程」、
「改善式強行軍」、「忠実な従属国」の順で獲得しました。
第二次フランス戦終結。
割譲させた領土の一部は、新属国Gasconyとアラゴンに分け与えました。
イギリスに宣戦布告。フランスから割譲させた旧イングランド領から進軍します。
物量で制海権も獲得し、特筆することはありませんでした。
本土の要塞を中心に割譲させました。
第4次スペイン戦終結。ポルトガルと相互に白紙和平を用いて停戦期間を短縮していました。
領土を前回大量に割譲させたため、前回よりもオスマンの軍量が減っています。
直後にオスマンが独立保障しているTrientに宣戦布告しました。
オスマンから個別和平で残りの南スラブ文化の地域を獲得しました。
1723年5月のブルガリア外交併合、1725年11月のセルビア外交併合を経て、
南セルビア文化の同化ボーナスとして対異端・異教戦勝点コスト-10%を獲得しました。
侵攻のスピードが加速します。