インド!
数多の文明が恋い焦がれる地!
征服せずには、いられない!!
というわけでインド進出の目標を達成するぞ!
本国より陸軍255,000を輸送完了、いつでもいけます!
本物のインド……ついにここまで来ましたか……
本物の、インド!
ワクワクテカテカしてきた……
うおおおおお宣戦布告ー!
インド!(進軍開始!)
インド!(首都攻略!)
チョコレート!(インド!)
い、インドっ!(初勝利!)
フランス帝国のインド侵攻は順当に進んだ。
20年以上もの歳月をかけてインド植民地を拡大し、各地に交易会社を設け膨大な富を貪っていく。
そして……
ベンガル湾に明朝の植民地がありますね……
これは……やるしかないな。
うおおおお中華帝国と戦争だー!
1782年、フランス帝国はベンガル湾港都市カタックの征服を名目に明朝中華帝国に宣戦を布告。
増強されたフランス・インド方面軍450,000はカタックを制圧するや否や明朝領インドシナになだれ込む。
むむ……600,000いるはずの明軍が全く見当たらないが……
それについてですが……
我らが同盟国ロシアの制圧へ全力で向かっているようです。
これは空き巣できますな!
いかに明とはいえ、ロシアの広大な土地を制圧しきるなど困難でしょうに!
なんだろう……
嬉しいはずなんだけど……
思ってたのと違う……
明の要塞はいずれも最高位のものであり、明軍のフランスに対する抵抗も無いわけではなかった。
しかしどの明軍の攻勢も100,000規模のものばかりで散発的であり、フランス軍は都度それらを一蹴した。
1786年、明軍主力はウラル山脈にまで迫るも、フランス軍が明領の過半を占領したことで明朝の戦争意欲は消失。
フランスは係争の地カタックとインド洋近辺の領土を大幅に獲得し、東洋の国々にもその威光を知らしめた。
戦後、明朝とインド諸国はフランスの脅威を痛感し、相互に防衛協定を結びフランスを牽制したが、
相次ぐインド征服によって莫大な富を成したフランスと巨大国家ロシアの同盟を前に東洋諸国には為す術がなかった。
フランスがデリースルタン国を攻撃した際、明朝は全軍をもって防衛参戦し、200,000規模の会戦を数度繰り広げたものの、
果たしてフランス・ロシア軍の攻勢を防ぎきれず、デリー・明ともにほぼ全土を制圧されるのだった。
いよいよ19世紀に入ったが、インド植民地が当初の予測を遥かに超える大きさになったな。
元々はインド進出できたらいいな、くらいの気持ちでしたし、目標はもう充分に果たせたかと。
うむ、そうなのだが……
西岸のマムルーク朝の領土が、何というか、気に入らない……
インドの喉元に食い込むナイフのようなものですな。
それも無いわけではないが、何だろう……
どういう訳か、とにかくマムルーク朝とは戦わなきゃいけない気がするんだ。
もう充分やりきったと思いますよ。
インドの大半を征服し、満ち足りていたはずのフランス帝国。
しかし、宮廷では何らかの理由によりわだかまりが生じていた。
と、そこへ丁度異国からの使者が文書を携え訪れて――
陛下、マムルーク朝からの文書です。
ん……?
うむ……読んでみよう。
第7回十字軍(笑)
…………
ああ、侮辱でしたか。別に珍しくもないですな。
……!
思い……出した……!
え?
本国の全陸軍は至急アナトリアに集結せよ!
インド方面軍は西岸のマムルーク朝領土に向かって進軍!
あの、インドやアナトリアの反乱鎮圧で戦争どころでは……
うるさあああああい!
聖なる怒りを喰らえッ!!!!!!
1813年、フランス帝国首脳部は反対派の意見を押し切りマムルーク朝エジプト帝国に宣戦を布告。
列強1位と列強2位の戦争、地中海とインドの覇権をかけた最後の闘争がここに幕を開けた。
本国軍450,000、アナトリアより順次マムルーク朝へと南下!
早速アレッポ北方のアインタブにて敵軍約120,000を攻撃します!
む、アレッポに先立った我軍が孤立しているぞ!
約28,000が殲滅されました……
周辺の軍を結集し反撃します……!
敵要塞による不自由さ(ZOC)を侮りすぎたか。
まともに撃ち負けるのは300年前の懲罰戦争以来だな……
インド西方、インダス川付近においても敵影を確認!
迎撃いたします!
よし、インドは防ぎきれそうだな。
本国軍の半数は艦隊に乗船し、アレクサンドリアを強襲だ。
敵の中枢に衝撃を与える!
我らが軍90,000の上陸に対し敵軍60,000が迎撃、しかし撃破し橋頭堡を確立します!
フランス軍の電撃的な上陸作戦は成功し、油断していた周囲のマムルーク軍を鎧袖一触で一掃する。
そうして1815年、情け容赦のないフランス軍の砲撃のもと、マムルーク朝第2の都市アレクサンドリアが音を上げわずか30日で陥落した。
素晴らしい。
上陸軍は準備が整い次第、東進および南下してエジプト本国を制圧するのだ。
ああ、陛下! 我らの死角より敵軍175,000が……!
撤退は間に合わないのか!?
ダミエッタ……敗北……
うっ頭が……
お気を確かに、勇気を奮い立たせるのです!
アレッポを攻略した本軍と上陸軍を連携させ、弔い合戦といきますぞ!
アレクサンドリアにて敵軍約110,000を撃破。
先程の敵軍にやり返しましたぞ!
残り士気がぎりぎりの戦いが多い。
非欧州の軍隊だと侮っていたが、誇張なしに、今までのどの敵国よりも強い……
数多の激戦の果てに、フランスはとうとう敵首都カイロに軍靴の音を響かせる。
そして1816年、209日間の包囲の末に同地を攻略。
エジプト全域を速やかに制圧し、大勢はここに決した。
翌1817年、マムルーク朝はついにフランスに対して降伏を宣言したのだった。
地中海沿岸とインド領のすべてを根こそぎ割譲させる。
フランスは地中海を統一し、インドの帝王となったのだ!
同年11月3日、フランス帝国とマムルーク朝との間で講和条約が締結。
シリア、パレスチナ、インド、そしてエジプトで多くの血と屍を積もらせた世界最大の頂上決戦はフランス帝国の輝かしい勝利に終わった。
第7回十字軍、成功!!!!!!
強引な開戦となりましたが、勝てて何より。
我らの国家よ永遠なれ、フランス万歳!
愛する祖国に栄光あれ、フランス万歳!
我らが国家に神の祝福が世々永久にあることを祈って……フランス万歳!
ついにこの時を迎えたな。
あっという間だった~
思えば、戦争続きの4世紀間でしたな。
百年戦争とブルゴーニュ動乱を経て、神聖ローマ帝国の洗礼を受け、海外に進出し、ボヘミアやナポリと共に欧州を駆け抜けた。
スペインとオスマンという2大国にも勝ち抜いて、インド、中華帝国、そしてエジプトに我らが御旗をはためかせた。
オスマン戦以来、ロシアがいい盾になってくれてとても楽だった。
オスマン領のメソポタミア、インド諸国、中華帝国、そしてエジプト……
世界四大文明のすべてを旅できましたな。
この手のゲームって終盤だれたり飽きたりするけど、そういうのまったくなかったな~
その時々に強大なライバルがいていい刺激になりましたな。
うむ。
最後に、フランスの領土を見ていこう。
アフリカはあまり拡張しなかったな。
マダガスカル島は取りたかったが、終盤までマムルーク朝と組んでいて手を出しにくかった。
新大陸はメキシコを除き制覇ですな。
もう10年早く動けば完全に取れたかも。
インドももう10年早く進出すれば完全制覇できたかも。
でも予想を遥かに超える大きさになった。
チキンプレイは反省しないとな。
そして、フランス本国!
教皇猊下への配慮からローマのみ教皇領としたが、それを除く全地中海沿岸を征服できた。
シャルル・マーニュの領域もちゃんと回収し終えたはず!
楽しかった~
目標を果たせて何よりです。
やはりフランスの青はいい。フランス大好きだ!
至らぬ点がたくさんあり、うまくまとめ切れず冗長になってしまいましたが、
それでもここまで読んでくださりありがとうございました。
読者の皆様のおかげでゲームもAARも完走することができました。
本当に、ありがとうございました!
――終わり――