NIの変更により外交枠が減ったので、この機会に外交関係を整理
Mahra/Nogaiとの同盟を解除し、弱体化していたChagataiと同盟→外交属国化
1482/02 Ferghanaに宣戦布告。CBはChagataiの国土回復。敵同盟はSirhindのみ
1483/04 Ferghana終戦。Ferghana・Sirhind共に完全併合
Najdの併合進捗が進んできたので、終戦後に何州か下賜した。この後も適宜下賜している
1483/05 Yarklandに宣戦布告。CBはChagataiの国土回復。孤立していた
1484/11 "Influence"(影響)アイデア完了。
1484/11 Yarkland終戦。完全併合
Yarklandの西南が次のLadakh、その南でMughalsに囲まれているのがSirhind(一度滅んだ後でYarkland戦中にDelhiから独立)
1485/01 課税政策"Land_Acquisition"更新。人的資源16950も獲得
1485/01 Ladakhに宣戦布告。孤立していた
1485/05 "Burgundian_Succession_Crisis"(ブルゴーニュ継承危機)発生。低地地方はAustriaが引き継いだ
1485/05 Sirhindに宣戦布告(一度滅ぼしたので停戦期間もなく、孤立していた)
Sirhindちゃんッ!たいへんだよ、またヤツラだよッ!
1485/11 Ladakh終戦。完全併合
1486/11 Sirhind終戦。完全併合
1486/11 (2.3.3)の皇帝を退位させ、(5.4.1)の新帝即位。性格は"Industrious"(勤勉=交易品生産量+10%)で後継者は(3.3.3)の1歳児
この後継者が即位する日は終ぞ訪れなかった。正当性が下がったのでMILを使って手動で上げた
ミッション進行の都合上Jaunpurと開戦したかったが、Mughalsの同盟Gujaratと同盟していたので
1486/11 Multanに宣戦布告し、Gujaratに参戦要請。敵同盟のMalwaが裏切り、Nagaurを共戦国に指定(Nagaurの同盟Mewatも参戦)
1487/05 Jaunpurに宣戦布告。GujaratとMewatは参戦不可、Sindhが裏切り、Garhaのみ参戦
既視感?アーアーきこえなーい
1488/11 Gharha個別講和。同盟破棄+交易力送出+金銭
1489/03 Nagaur個別講和。Jangladesh国家解放+コア放棄+同盟破棄+金銭
1489/03 Jaunpur終戦。8州割譲
1489/09 Mewat個別講和。同盟破棄+交易力送出+金銭
1489/10 Multan終戦。完全併合
1489/12 Mewarに宣戦布告。
ややこしいが先ほど講和したのは中央の紫のMewa"t"。開戦したのは左下に広がる黄土色であるMewa"r"。中央上の橙色がSirmur 戦争目標はGirDエリア(赤線)に属する3州を獲得し、ミッション5-1達成に近づくこと 青斜線部はNajd領。
1491/07 Mewar終戦。上記の3州割譲+国家解放×3。ついでにSirmurも完全併合
1491年の国力比較
Najdを除けばいつものメンバー。最近自国がおかしな挙動をする世界線ばかりに浸かっているせいか、順当過ぎて逆に珍しく感じる。 Najd以外の従属国はAragon(Castileの同君下位) 2番目のアイデアは"統治"を選択。ポリシーの外交併合コスト削減狙い。Mughalsの伝統(1回目の変態時はNIを変更している)もあり、 統治アイデア②取得後はコア化コストが格安で済んだ。特に恒久的請求権のついた州を獲得した場合は統治効率0%にも関わらず"必要ADM=DEV値"だった
1491/09 Kumaonに宣戦布告。孤立していた
1492/02 Kumaon終戦。完全併合
パラドイムの綴りは"Paradox_Em(asculate)"
1493/02 Hormuzに宣戦布告。敵同盟はDawasir(Shammer裏切り)
HormuzがMahra+Haasaと戦争中でHaasa海軍がホルムズ海峡を封鎖していたため、好機と思い開戦した Hormuz海軍が出張ってくる前にHORMUZ州への上陸を果たし、まずMahraによってHORMUZ陥落→Hormuz/Mahraが講和→MughalsによるHormuz陥落と事が運んだ
1494/09 Hormuz終戦。Hormuz・Dawasir共に完全併合→Najdに下賜
1496年の国力。あの小さかったNajdちゃんが(略)。Ottomansがあまり育っていない。未だアナトリアすら統一しておらず、 長期的には喜ばしい(将来エルサレムの征服が楽)が短期的には不安要素(用心棒としては頼りない)
1496/05 Qara_Qoyunlu(+属国Luristan)に宣戦布告。CBはArmeniaの国土回復。Ottomansに参戦要請。敵同盟はAnizah
人的資源は尽きていたが、OttomansのFavorが貯まったので開戦。おすまん~!がんばえ~!わるいひつじをやっつけろ~
1496/08 Lorraineにてプロテスタント発生
1496/11 皇帝に性格追加"Careful"(慎重=AE-10%)
1499/04 Qara_Qoyunlu終戦。Armeniaに3州返還+6州割譲(いずれも戦後Armenia領に)
1500/01 CANTABRIAにて植民地主義発生
1501/02 ルネッサンス受容
Najdに交代したら汚れ(AE)が落ちるので、今のうちに嫌われておくことにした
1503/04 OmanからSUHAR州をカツアゲ(↑とは言ったものの人的資源が心許なかった)
1505/04 DELHIをNajdに下賜するため、首都をHERATに再移転
DELHIにNajdのコアがあることは、スムーズなMughals化(2回目)のための必須条件だった
1506/05 Uzbekに宣戦布告。CBはChagataiの国土回復。唯一の同盟国Kazanが裏切り(Muscovyに攻められていた)
1506/09 改革の時代に突入
1509/06 Uzbek終戦。Chagataiに1州返還+9州割譲+金銭
子育てに注力した結果、借金に追われていた。ほら、子供が大きくなったら教育費とかかかるから… 後から考えるとどうせ借金は踏み倒すのだから、どうせなら100点分領土を奪っておけばよかった。 収支が赤字になると過去のトラウマが甦るからね、仕方ないね
1509年の外交状況
卍。Ottomansパイセン、何やってんスか!?早く本気出してくださいよ(拡大しろとは言っていない)
属国 Najd Armenia Chagatai
同盟 Gujarat Ottomans
1510/?? GujaratからJhalavad戦への参戦要請がきたので承諾。この際にJaunpurと同じ陣営となった
1510/?? 折しもAssamに敗れたTsangからKathmanduとJumlaが独立するなどネパール付近で孤立した小国が乱立→順番に開戦
赤線内の旧Tsang領からピンク斜線のKathmanduと黄緑のJumlaが独立し、右上(GYIRON)はGugeに返還されたため青斜線がTsangの飛び地となった 黄斜線のDangは元々孤立していたのでついでに滅ぼした
1510/12 Jumla終戦。完全併合
1511/03 Jaunpurが参戦不可の今がチャンスと思い、Garhaに宣戦布告。敵同盟はVijayanagar・Jaisalmer・Chanda
1511/07 Kathmandu終戦。完全併合(ただし戦中にKathmanduは別口の戦争で上画像の橙矢印の2州を失ったため、獲得したのは1州のみ)
1511/07 Dang終戦。完全併合
1512/08 Chanda個別講和。同盟破棄+金銭
1512/12 Garha終戦。2州+同盟破棄+金銭
1513/08 Jhalavad終戦。Gujaratに2州割譲
人的資源が払底したことに加え、大きくなった子供が反抗期に陥らないようアメ(DEVポチ等)を与えるのに必死だったので、
これ以降Najd併合まで戦争なし(空気を読んでくれたのか参戦要請が飛んでくることもなかった)
借りてきた猫のようにおとなしいMughals→ムニャール🐱
1524/11 Najd併合完了→属国作成&プレイ国交代
併合コストを逆算して直前にポリシー採択、借金MAXで建築、同盟破棄&軍役代納金有効化など、技術的なことは前回と同様なので割愛 非常に分かりにくいが宗主国Mughalsの領土はHERAT州のみ
Najdの現状など
偶然の可能性も0ではないが、予め設定されていると考えた方が自然だと思う
1524/11 前回同様停戦を破って宗主国Mughals(旧)に宣戦布告
同盟破棄してあったつもりが忘れていたらしく、Gujaratが敵陣営で参戦した。今回も君主点を使って安定度UP&戦争疲弊DOWN 反逆のナジュードの父親…「ゥオォゥール・ハイィル・ムゥガァァリィア!!」
1525/06 Ottomansと婚姻
1526/10 Gujarat個別講和。金銭のみ
そして1526年11月
「お、恩赦を出すッ!命だけはゆ、許してくれーッ!!」
Mughals皇帝の助命を許しますか?
→ゆるしてやろう("Mughals皇帝"は存続し、栄華を極める。王朝が代わるだけ)
__ゆるせるもんか(Mughalsを滅ぼし、由緒正しきNajdの伝統を世界に広める)
__……………………(問答無用、家畜を渡して大人しく滅びの運命を受け入れろ)
無事にMughalsは滅亡し、属国ArmeniaとChagataiを引き継いだ。
1527/02 Ottomansと同盟
1527/05 Orissaと同盟
1527/06 外交点が貯まったので主要文化をペルシアンにシフト
→目安であった1530年を遡ること3年、Mughalsへの変態(2回目)を成し遂げた
順調な滑り出しで歓迎すべきことなのだが、新鮮味がないせいか大して達成感や安心感を覚えることはなかった むしろ10年間侵略できなかったうえにGujaratのミスもあり、徒労感の方が大きかった 仕様上普通は同じ国家に2度変態することはできないので、得難い経験ではあった
お初にお目にかかります、この度襲名いたしました湯田屋無我流衛門でございます。初代の遺志を引き継ぎ国家繁栄に邁進してまいります
かなりアクロバットな国家の変転をしているはずなのに、地図の色のせいで大して変化があるように見えない
以前にも感じたことだが、Portugal・Italy・Russia・Ottomans・Mughalsと領土が拡大して隣接しがちな国々に緑系統が多く、プレイ時には然程問題なくとも
画像サイズが小さくなるAARにおいては紛らわしい。かといって代案も思い浮かばないし、Najdはしょうがないかもしれないが…
何故かこのシリーズでは頻出するMedri_BahriやKilwa・Ayutthayaもこの系統だし、終盤には更にCanadaが加わることもある Russia・Portugalの植民地国家とCanadaが隣接した場合などカオスだと思う(そういう時に限ってAssiniboineが生き残っていたりしそうだし)
これらの国々の組み合わせを考えても、Mughals/Najd国境は1、2を争う紛らわしさだと思う。
これより紛らわしいのなんてSpain/Vijayanagar国境ぐらいのものではなかろうか。
しかも気付かないうちに1州だけ購入しているからたちが悪い。Vijayanagarは全然動きがないな~と思いながらインド征服していたら、 いきなりSpainが包囲網候補に加わり驚愕したこともある。
当然ながら今回はNIの変更はしていない。Najdの伝統を持ったMughals=獅子の皮を被った狂犬。🐱「にゎんにゎん(食べちゃうぞ~)」
猫のような適当さと狂犬の凶暴性を併せ持つ夢のような次世代のハイブリッド国家。(自国民にとっても周辺国にとっても悪夢そのものである)
AAR/六芒星の夢/3(1527~1574)すくいきれないむのう